藤井風さんというアーティストを初めて見たとき、私はかなり驚きました。
私は洋楽を聴いて育ってきました。海外のアーティストの歌声や演奏はもちろん、ステージでの存在感、その人にしか出せない空気や世界観に惹かれてきました。
そんな私が藤井風さんの音楽やパフォーマンスに触れたとき、
「とうとう日本から、世界に通用する唯一無二のアーティストが登場したのではないか」
と思いました。
もちろん、それまでにも世界で活躍してきた日本人アーティストはたくさんいます。しかし藤井風さんから受けた印象は、少し違いました。
「日本人が海外へ挑戦している」という感じがしなかったのです。
ピアノ、歌声、リズム、音楽の解釈、立ち振る舞い、そして本人がまとっている独特の空気。
洋楽を聴いて育った私が海外のアーティストと並べて聴いても違和感がない。それでいて、海外の誰かを真似しているわけでもない。
「海外でも通用しそうな日本人が出てきた」というより、もっと単純に、
「すごいアーティストが日本から出てきた」
という感覚でした。
そして、その後、本当に彼の音楽が国境を越えていくことになります。
12歳のYouTubeから始まっていた
藤井風さんは1997年、岡山県に生まれ、幼い頃からピアノに親しんできました。
そして12歳頃から、実家の喫茶店などで撮影したピアノ演奏をYouTubeへ投稿するようになります。
ここは藤井風さんの成功を考えるうえで、非常に重要な部分だと私は思っています。
今でこそオリジナル曲を歌う藤井風さんを知っている人が圧倒的に多いと思いますが、その前に長いカバーの時代があります。
さまざまなアーティストの曲をピアノで弾き、歌い、自分なりに解釈してパフォーマンスする。
しかも、ただカバーするのではありません。
他の人が簡単には真似できないレベルまで演奏し、パフォーマンスしていた。
私はビジネスをしているので、この部分をビジネスの視点から見ても非常に面白いと思っています。
知らない人の知らないオリジナル曲を、いきなり聴いてもらうのは難しい。
しかし、自分が知っている曲をものすごいレベルで演奏している人がいたら、
「誰だ、この人?」
となります。
一曲見る。
もう一曲見る。
すると、
「この人をもっと見たい」
という感情が生まれてくる。
カバー曲は、すでに多くの人に知られているという意味で、とても入りやすい入口です。
しかし、その入口から人を引き込めるかどうかは本人の実力次第です。
藤井風さんの場合、その入口で圧倒的なものを見せ続けた。
だから私は、後から彼の歩みを振り返ると、この時点ですでに成功するための土台はかなりできていたのではないかと思います。
YouTubeを宣伝媒体として使ったというより、YouTubeの中で長い時間をかけて「藤井風」という存在そのものを積み上げていたのだと思います。
カバーで惹きつけ、オリジナルで世界を見せた
そして2020年、藤井風さんは「何なんw」で本格的にデビューし、ファーストアルバム『HELP EVER HURT NEVER』を発表します。
ここからが、さらにすごいところです。
カバーが上手い人で終わらなかった。
カバーを見て、
「藤井風をもっと見たい」
と思った人たちに対して、今度はオリジナル作品で自分自身の世界を見せていきます。
「何なんw」「もうええわ」「優しさ」「きらり」「死ぬのがいいわ」など、そこにはカバーだけでは分からなかった藤井風さん自身の世界があります。
洋楽の影響を感じる部分は確かにあります。
R&B、ソウル、ジャズ、ゴスペルなど、私自身が洋楽を聴いてきたからこそ馴染みを感じる要素もあります。
しかし、決して「海外で売れるために洋楽っぽくした」という感じがしない。
岡山弁で「何なんw」と歌う。
「死ぬのがいいわ」という、非常に日本的な響きを持った言葉をそのまま使う。
日本人である自分を消して海外へ合わせているわけではありません。
さまざまな音楽を吸収し、それが藤井風という一人の人間を通過することで、誰とも違う音楽になって出てくる。
洋楽のコピーではない。邦楽という枠にも収まりきらない。藤井風というジャンルになっている。
私はそこに唯一無二の強さを感じます。
世界を狙った曲ではなく、世界が見つけた曲
それを象徴しているのが「死ぬのがいいわ」だと思います。
この曲は2020年のファーストアルバムに収録されていた曲です。
ところが約2年後の2022年、タイを起点にTikTokなどを通じて海外で自然発生的に広がり始めます。
その後、SpotifyのDaily Viral Chartsで世界73の国と地域にランクインし、23の国と地域で1位を記録。Spotify Global Viral Chartでも最高4位まで上昇しました。
非常に面白い現象です。
日本語だから世界では伝わらない。
海外で成功するなら英語で歌わなければならない。
そんな考え方を飛び越えて、「死ぬのがいいわ」という日本語の曲が先に世界へ行ってしまった。
私はこれを、
「世界を狙った曲ではなく、世界が見つけた曲」
だと思っています。
SNSがきっかけだったことは間違いないでしょう。
しかしSNSは作品を発見させることはできても、作品そのものに魅力がなければ世界中で聴き続けてもらうことはできません。
言葉の意味が完全には分からなくても、声、メロディー、リズム、表情、身体の動きから何かが伝わる。
音楽には、意味を理解するより先に感情を伝える力があります。
藤井風さんは、その力が非常に強いアーティストなのだと思います。
人を惹きつけたあとに、自分の世界へ連れていく
ここまでの流れをビジネスとして考えると、私は非常に興味深い構造があると思っています。
まず、みんなが知っている曲を圧倒的なレベルでパフォーマンスする。
そこで人を惹きつける。
「もっと見たい」と思ってもらう。
十分な共感と信頼が生まれたところで、オリジナル作品を通じて自分自身の世界を見せていく。
つまり、
最初は相手が受け入れやすい形で価値を提供し、そのあとに自分が本当に伝えたいものを示していく。
これはビジネスにも、そのまま通じる考え方だと思います。
私たちは自分の商品、自分の考え方、自分の理念を知ってもらいたいと思うと、どうしても最初から「自分が伝えたいこと」を話してしまいます。
しかし、まだ信頼関係がない人に理念だけを伝えても、なかなか届きません。
まず相手にとって分かりやすい価値を提供する。
しかも、中途半端なものではなく、
「この人はすごい」
と思われるところまで磨く。
すると、
「この人は何を考えているのだろう」
「もっとこの人を知りたい」
という興味が生まれます。
そこで初めて、自分が本当に伝えたい世界観を見せる。
藤井風さんが最初からビジネス戦略としてこれを設計していたのかは分かりません。
しかし結果として、その歩みには非常に美しい流れがあります。
音楽の先にある「愛」という世界観
そして藤井風さんの場合、その先にある世界観がまた強い。
ファーストアルバムは、
『HELP EVER HURT NEVER』
「常に助け、決して傷つけない」。
セカンドアルバムは、
『LOVE ALL SERVE ALL』
「すべてを愛し、すべてに仕えよ」。
そして2025年に発表された3rdアルバムは、
『Prema』。
「至上の愛」を意味する言葉です。
作品が変わっても、そこには愛、自由、執着からの解放、他者への奉仕といったものが一貫して流れています。
興味深いのは、ただ綺麗な言葉で「愛」を歌っているわけではないところです。
藤井風さんの作品には、苦しみ、死、執着、エゴ、弱さといったものも出てくる。
そうした人間の部分を否定した先に愛があるのではなく、それらを含めて受け入れ、手放し、自由になっていく。
だから彼の「愛」は単なるキャッチコピーではなく、作品全体を包んでいる思想のように感じます。
気がつけば、音楽を聴いていたはずの私たちが藤井風という人間の世界観に触れている。
ここが、単に歌のうまいアーティストとの大きな違いなのではないでしょうか。
私が藤井風さんを「素晴らしいリーダー」だと思う理由
私は藤井風さんを見ていて、アーティストとしてだけではなく、
「素晴らしいリーダーだな」
と思うことがあります。
強引に人を引っ張るリーダーではありません。
「自分の考えを理解しろ」と押しつけるわけでもない。
まず自分が最高のパフォーマンスをする。
そこで人を惹きつける。
共感が生まれる。
信頼される。
もっと見たいと思われる。
そして、その人たちに自分が信じている世界を示していく。
共感した人たちは、命令されたわけでもないのに自然についていく。
私は、これも一つのリーダーシップだと思っています。
まずは受け入れやすい形で最高のパフォーマンスを披露する。多くの共感を得たあとに、自分の信じる道を示していく。
経営者にも通じるものがあります。
理念を語る前に、自分たちが提供する価値で信頼されなければならない。
人を集めようとする前に、人が「もっと見たい」と思うほどの価値をつくらなければならない。
そのうえで、
「自分たちは、こういう世界をつくりたい」
と示す。
価値を提供する。
共感される。
信頼される。
そして世界観を示す。
その結果として、人がついてくる。
藤井風さんを見ていると、この順番の大切さを感じます。
世界へ行くために、自分から離れない
2023年にはアジアツアー、2024年にはアメリカツアーやアジアアリーナツアー、2025年にはヨーロッパ、北米へと活動を拡大し、藤井風さんの活動は本当に世界規模になりました。
しかし、その原点まで戻れば、岡山で少年がピアノを弾き、その姿をYouTubeへ投稿していたところから始まっています。
私はそこに、アーティストだけではなく、何かを成し遂げたい人にとって大切なものがあると思っています。
最初から世界を振り向かせようとしなくてもいい。
まず、自分の目の前にあるものを徹底的に磨く。
人が知っている曲でもいい。
誰かがすでにやっていることでもいい。
ただし、
簡単には真似できないところまでやる。
そうすると、人が振り向く。
「もっと見たい」と思う。
そのときに初めて、自分にしかないものを見せる。
そして大切なのは、世界へ行くために自分を薄めないことだと思います。
海外に合わせて日本人であることを消すのではなく、自分にしかないものを世界にも伝わるところまで磨いていく。
藤井風さんは、それを実際に見せてくれているように感じます。
洋楽で育った私が最初に感じた、
「とうとう日本から唯一無二の世界的アーティストが登場したのではないか」
という驚き。
今、その予感が現実になっていく過程を見ているような気がします。
そして藤井風さんの歩みから私が一番学んだのは、世界へ行くための特別なテクニックではありません。
人を集めようとする前に、人がもっと見たくなるほどの価値をつくること。
そして人が集まったら、そこで終わらない。
自分が何を大切にしているのか。
何を伝えたいのか。
どんな世界をつくりたいのか。
その道を示していく。
音楽家として圧倒的なパフォーマンスを見せながら、その先に自分の世界観を持っている。
だから私は藤井風さんを、世界的なアーティストであると同時に、
人を惹きつけ、共感を生み、そして自分が信じる方向を示すことのできる、素晴らしいリーダー
だと思っています。

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