BOØWYを初めて見たときの印象は、とにかくセンセーショナルでした。
演奏、スタイル、ステージ上でのアクション。どれを取っても、それまで私が知っていた日本のバンドとは何かが違っていました。
当時の男性グループには、もっと「男らしさ」「男くささ」を前面に出したイメージがあったように思います。
ところがBOØWYは違いました。
細身のシルエット、髪型、ファッション、立ち姿まで都会的で洗練されている。
さらに「BOØWY」という名前からはデヴィッド・ボウイを連想し、どこか英国のバンドのようなおしゃれなムードを子どもながらに感じていました。
もちろん当時、「ブランディング」や「ポジショニング」などという言葉を知っていたわけではありません。
ただ、
「今までの人たちとは違う」
ということだけは、一目で分かりました。
4人とも違うのに、BOØWYになる
BOØWYといえば、まず氷室京介と布袋寅泰です。
氷室の歌い方や立ち姿、マイクアクション。長身の布袋が繰り出す独特のギター。この二人は明らかに別格の個性を持っていました。
しかし、私が惹かれたのはフロントの二人だけではありません。
松井常松の仁王立ちから繰り出されるダウンピッキング。
そして高橋まこと。一人だけちょっと「おっさん」が混じっているように見えるのですが、ドラムを叩けばとにかくスリリングです。
面白いのは、4人全員がこれだけ個性的なのに、誰もお互いを邪魔していないことです。
むしろ4つの強烈な個性が合わさった瞬間、一つの大きなグルーヴになる。
音楽、演奏、ファッション、髪型、ステージングまで含めて、
「BOØWYという一つの様式」
を作ってしまった。
誰かに似るのではなく、「BOØWYみたいだ」と後から言われる側になったわけです。
絶頂期に終わったという異常さ
そしてBOØWYを考える上で避けられないのが解散です。
1987年12月24日に解散を宣言し、翌1988年4月の東京ドーム「LAST GIGS」で活動を終えました。
人気が落ちて終わったのではありません。
まさに絶頂期でした。
普通のビジネスなら考えにくいことです。
商品が売れ、知名度が上がり、市場が拡大している。
普通なら「ここからもっと大きくしよう」と考えるところでしょう。
ところがBOØWYは、そこで終わった。
アートとビジネスは両立できるのか
解散の理由については、さまざまな話があります。
メンバー間の関係や、それぞれの音楽活動、山下久美子のツアーにメンバーが関わったことなども後年さまざまに語られてきました。
ただ、本当のところは本人たちにしか分かりません。
私が興味を持つのは「解散の真相」より、その背景から見えてくるアートとビジネスの関係です。
私には、氷室京介は「BOØWY」というものを一つの作品として守ろうとしていたように見えます。
一方、それぞれのメンバーにはBOØWY以外の音楽活動もあれば、生活も将来もある。
音楽はアートです。
しかしプロとして活動する以上、ビジネスでもあります。
作品としての純度をどこまで守るのか。
活動を広げ、収益を生み、関わる人たちの生活を成立させることをどこまで許容するのか。
どちらが正しいという話ではありません。
この二つの間にある緊張関係こそ、私はとても興味深いと思っています。
解散によってブランドは完成したのか
結果としてBOØWYには「衰退期」がありません。
1980年代の、あの4人のまま時間が止まっています。
さらに面白いのは、解散後もBOØWYの価値が失われなかったことです。
解散から10年後の1998年に発売されたベストアルバム『THIS BOØWY』は220万枚以上を売り上げました。
活動していないのに、ブランドは生き続ける。
もしBOØWYがあと5年、10年と活動していたら、もっと売上を上げていたかもしれません。
しかし、
BOØWYという存在の価値まで、それに比例して大きくなっていたでしょうか。
これは誰にも分かりません。
売上の最大化と、価値の最大化は必ずしも同じではない。
BOØWYを見ていると、そんなことを考えます。
自分の事業に置き換えてみる
これは音楽だけの話ではありません。
私自身、介護タクシーという事業を長く続けてきました。
仕事を始めた頃は、依頼をいただけること自体がありがたく、できる仕事はできるだけ受けてきました。
しかし事業が大きくなるにつれ、「何でも受けること」が必ずしも会社の価値を高めるわけではないと感じるようになりました。
自分たちは何が得意なのか。
誰のために存在しているのか。
そして、何をやらないのか。
ブランドは「何をするか」だけではなく、何をしないかによっても輪郭ができるのだと思います。
私自身の役割についても同じです。
目の前の仕事に自分が入れば、その日の売上にはなります。
しかし今は、自分が一件一件の現場に入り続けることより、営業をする、人を採用する、仕組みを作る、次の事業を考えることの方が、会社全体の価値につながる場面が増えてきました。
目の前の売上を取りに行くことと、将来の価値を作ることは、ときに一致しません。
何を残すのか
もちろん、会社をBOØWYのように絶頂期で終わらせよう、という話ではありません。
私がBOØWYから感じるのは、もっと単純なことです。
続ける。
増やす。
広げる。
それだけが戦略ではない。
やめる。
手放す。
やらない。
そこにも戦略がある。
BOØWYがそこまで計算して解散したとは思いません。
しかし結果として、彼らは最も輝いていた姿のまま残りました。
そして40年近く経った今でも、私たちはBOØWYについて語っています。
事業でもアーティストでも、
「どれだけ大きくするか」だけではなく、「最後に何を残したいのか」から逆算して今を決める。
BOØWYというバンドを見ていると、そんなことを考えさせられます。

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