20年以上経営して分かった。会社を育てているつもりで、自分が育ててもらっていた

事業を始めてから、20年以上が経ちました。会社をものすごく大きくしたわけではありませんし、誰もが知るような会社をつくったわけでもありません。それでも、20年以上この仕事を続けてくることができました。

それは、自分に経営者として特別な実力があったからなのかと聞かれれば、私はそうは思っていません。むしろ振り返ってみると、自分よりも、お客様や一緒に働いてくれているスタッフに残念な思いをしてほしくない。その気持ちを持ち続けてきた結果なのだと思っています。

事業を続けていれば、当然、苦しいこともあります。売上のこと、人のこと、お金のこと、将来のこと。自分の判断が正しかったのか分からなくなることもありましたし、何をやってもうまくいかないように感じる時期もありました。20年以上やってきたからといって、苦しいことがなくなったわけではありません。今でも苦しいときは苦しいです。

ただ、最近になって少し分かってきたことがあります。苦しいと感じているときは、自分に意識が向いていることが多いということです。自分はどうなるのか、自分は大丈夫なのか、自分は損をしないか、なぜ自分ばかりこんな思いをしなければならないのか。そうやって自分に意識が向いているとき、苦しさはどんどん大きくなっていきます。

反対に、お客様のことを考えているとき、スタッフのことを考えているとき、会社をどうやって守るかを考えているときは、「苦しい」という感覚よりも「何とかしなければ」という気持ちのほうが先にきます。必死になるのだと思います。

目の前のお客様に残念な思いをしてほしくない。一緒に働いてくれている人たちの生活を守りたい。この会社を必要としてくれている人たちに、サービスを届け続けたい。そう考えて動いているときは、もちろん大変です。身体も頭も使いますし、余裕がないこともあります。でも、ただ苦しいのとは少し違います。必死なんです。

そして最近、その必死さの中に、生きている喜びのようなものがあるのではないかと、にわかに感じ始めています。楽だから幸せなのではなく、誰かのために何とかしようと必死になっているときに、自分が生きている意味や実感を感じる。そんなことがあるのかもしれません。

経営をしていると、自分の未熟さにも何度も直面します。お客様への対応、スタッフとの関係、採用、教育、営業、数字、組織づくり、トラブルへの対応、伝え方、判断の仕方。一人で仕事をしていた頃には必要のなかった能力が、人が増え、仕事が増えるたびに必要になっていきます。

そのたびに、「自分にはまだこれができない」と思わされます。できないから勉強する。分からないから人に教えてもらう。失敗したからやり方を変える。伝わらなかったから伝え方を学ぶ。人との関係がうまくいかなければ、自分の関わり方を振り返る。売上が足りなければ営業を考え、会社が回らなければ仕組みを考える。

最初から「成長したい」と思って、すべてを学んできたわけではありません。むしろ、事業を続けたいと思ったから、成長せざるを得なかった。その表現のほうが、自分の感覚には近いです。

そして、なぜ事業を続けたかったのかを考えると、結局は自分一人のためではなかったのだと思います。お客様に「ここに頼まなければよかった」と思ってほしくない。スタッフに「この会社で働かなければよかった」と思ってほしくない。自分に関わってくれた人たちに、できるだけ残念な思いをしてほしくない。そう思ったからこそ、自分が変わる必要がありました。

今までのやり方でうまくいかないなら、違う方法を学ぶ。自分の考えが伝わらないなら、伝え方を学ぶ。人が育たないなら、人材育成を学ぶ。会社がまとまらないなら、組織について学ぶ。数字が分からなければ数字を勉強する。経営者として足りないものが見つかるたびに、その穴を埋めようとしてきました。

結果として、それが自分自身を成長させてくれたのだと思います。

経営というと、経営者が会社をつくり、人を育て、組織を動かしていくもののように見えます。もちろん経営者には責任がありますし、最終的に決断しなければならないこともあります。ただ、20年以上やってきて今強く感じるのは、経営者自身も、周りにいる人たちに育ててもらっているということです。

お客様がいてくださるから、自分たちのサービスを見直すことができます。スタッフがいてくれるから、自分とは違う考え方に触れることができます。誰かとうまくいかなかった経験があるから、自分の伝え方を考えるようになります。期待に応えられなかった経験があるから、もっと勉強しなければと思います。

一人だったら、気づけなかったことがたくさんあります。一人だったら、直さなくても済んでしまったこともたくさんあります。

だから私は、自分一人では到達できないのが経営であり、事業構築なのだと思っています。

人と仕事をすると、思い通りにならないことが増えます。自分では伝えたつもりなのに伝わっていない。良かれと思ってやったことが、相手には違う形で受け取られる。自分では頑張っているつもりでも、周囲から見ると別の課題がある。

以前なら、それを相手の問題として考えていたこともありました。でも今は、人がいるからこそ、自分の未熟さに気づくことができるのだと思っています。人がいるから、今までのやり方が通用しなくなる。人がいるから、新しいことを学ばなければならなくなる。人がいるから、自分自身を変える機会が生まれる。

そう考えると、一緒に働いてくれているスタッフは、単に会社の仕事をしてくれる人ではありません。お客様も、単にサービスを利用してくださる方というだけではありません。事業に関わってくださる人たちそのものが、経営者である自分を成長させてくれる存在なのだと思います。

会社の中で何か問題が起きると、つい相手の問題として考えたくなることがあります。スタッフが動いてくれない、考え方が合わない、伝えたことが伝わっていない、思ったように組織が動かない。

でも、本当に相手だけの問題なのか。

自分は十分に伝えたのか。目的を共有したのか。相手が判断できる材料を渡したのか。任せる準備をしたのか。そして何より、自分自身が学び続けているのか。

そこをまず自分に問いかける必要があると思うようになりました。

経営者自身が何も変わらずに、会社やスタッフだけが変わることを求めても、なかなかうまくはいきません。会社は、良くも悪くも経営者の考え方や行動の影響を受けます。だから、自分自身の成長なくして、経営の成長はない。

しかし同時に、自分一人では成長することもできません。

ここが経営のおもしろいところなのだと思います。

人がいるから問題が起きることもあります。人がいるから悩むこともあります。人がいるから苦しくなることもあります。でも、その人たちがいてくれるから、自分では気づかなかった自分自身を見ることができる。そして、自分を変える機会をもらうことができます。

20年以上事業を続けてきましたが、「自分の力でここまで来た」という感覚はありません。むしろ、お客様に仕事をいただき、スタッフに支えてもらい、多くの方に教えてもらい、ときには厳しい意見をいただき、失敗する機会も与えてもらいながら、自分自身を成長させていただいた20年以上だったと思っています。

経営とは、会社だけを成長させることではないのかもしれません。事業を通して、経営者自身が成長していく。そして成長した分だけ、今までできなかったことができるようになり、守れる人が増え、提供できる価値も少しずつ増えていく。その繰り返しが経営なのだと思います。

事業構築という言葉を見ると、仕組みをつくること、売上をつくること、組織をつくること、マーケティングや採用を考えることなど、技術的な話をイメージしがちです。もちろん、それらも必要です。でも、その土台にあるのは人です。

お客様がいる。働いてくれる人がいる。助けてくれる人がいる。教えてくれる人がいる。その人たちとの関わりの中で、自分自身も変わっていく。

自分一人では到達できないのが経営であり、事業構築です。そして、他の人がいてくれない限り、自分自身が成長する機会もありません。

会社を育てているつもりでいましたが、20年以上続けてきた今は、むしろ自分のほうが事業と、そこに関わってくださった人たちに育ててもらってきたのだと感じています。

苦しいことがなくなることが、成長なのではないのだと思います。今でも苦しいときはありますし、これからもきっとあるでしょう。

ただ、そのときに自分だけを見るのではなく、自分の外側に意識を向ける。

誰のためにやっているのか。誰に何を届けたいのか。誰を守りたいのか。

そこに意識を向けたとき、苦しさが消えるわけではなくても、「何とかしよう」という必死さに変わることがあります。

そして、その必死に生きている時間の中にこそ、人間が生きている喜びのようなものがあるのかもしれない。

20年以上経営をしてきて、私は今、そんなことを少しずつ感じ始めています。

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