私は介護タクシーを始めるよりも前、まだ仕事も定まらず、ニートのような生活をしていた頃に『金時力』という本を読みました。
その本の中で紹介されていたのが、ロバート・キヨサキの「キャッシュフロー・クワドラント」という考え方でした。その流れでビジネスオーナー養成講座も受講し、まだ自分の事業すら持っていなかった私は、「いつか自分もビジネスオーナーになりたい」と考えるようになりました。
キャッシュフロー・クワドラントでは、収入をどのようにつくっているかという視点から、働き方を大きく4つに分けて考えます。
EはEmployee、従業員として働き、その対価として給与を受け取る働き方です。SはSelf-Employed、自営業者や個人事業主として、自分自身の技術や時間を使って収入をつくる働き方。BはBusiness Owner、人や仕組みによって事業が動き、自分自身がすべての実務をしなくても事業が回る状態。そしてIはInvestor、投資家として、自分のお金や資産にも働いてもらう考え方です。
当時の私は、この考え方を知識として知っただけでした。
まだ事業を持っているわけでもなく、人を雇っているわけでもありません。それでも、自分が働き続けなければ収入が止まる状態ではなく、人や仕組みによって事業が動いていく働き方には強く惹かれました。
そこから20年以上が経ちました。
振り返ってみると、私はこのクワドラントを、自分自身の人生の中で順番に経験してきたのだと思います。
最初に経験したのがEクワドラントでした。人に雇われ、決められた仕事をして、その対価として給与を受け取る。会社員やアルバイトとして働く中で、雇われる側の働き方を経験しました。
そして2004年、介護タクシーを個人で開業し、Sクワドラントへ移りました。
誰かに雇われるのではなく、自分で仕事をつくり、自分でお客様に対応し、自分でサービスを提供し、その対価をいただく。独立した当初は、自分の力で仕事をつくり、自分の力で収入を得られることに大きな意味を感じていました。
しかし、実際に長く経験してみると、私にとって最も忙しく、大変だったのがこのSクワドラントでした。
営業するのも自分、電話を取るのも自分、予約を受けるのも自分、車を運転するのも自分、お客様に対応するのも自分、問題が起きた時に解決するのも自分です。
自分が動けば売上になる。
しかし、自分が止まれば売上も止まる。
自由を求めて独立したはずなのに、気がつけば自分自身が事業に一番縛られている。個人事業主として長く働いてきた私は、Sクワドラントの自由さと同時に、その厳しさも経験しました。
2019年には法人化しましたが、今振り返ると、法人になったからといって自動的にBクワドラントへ移ったわけではありませんでした。
会社を持っていることと、ビジネスオーナーであることは違います。
代表取締役という肩書きがあっても、自分自身が毎日現場に出なければ売上がつくれない、自分がいなければ判断が進まない、自分が休めば会社に大きな影響が出るのであれば、働き方としてはまだSクワドラントに近い。
私自身、長い間その状態でした。
介護タクシーを始めて20年以上、電話を取り、予約を受け、車を運転し、利用者さんを迎えに行き、人が足りなければ自分が現場に入り、何か問題が起きれば自分で解決してきました。
会社を経営しているつもりでも、実際には会社の中で自分が一番働いていた時期が長かったのです。
そんな私の考え方を変えるきっかけの一つになったのが、北原孝彦先生から直接いただいた経営の指導でした。
私は以前、経営者が現場を離れるというのは、自分で時期を決めて「もう現場には入りません」と宣言して離れることだと思っていました。
しかし、北原先生から教えていただいたのは、それとは違う考え方でした。
現場を離れるのは、自分から離れる時ではなく、現場から外された時。
この言葉は、私にとって非常に大きなものでした。
経営者が先に現場からいなくなるのではありません。
まず、自分の代わりに現場を回せる人を育てる。
その人たちに仕事を任せる。
さらに判断も任せる。
そして、自分がいなくても現場が回る状態をつくる。
そこまで人が育った結果として、最後には「もう社長はそこまで入らなくて大丈夫です」と言われるようになる。
そこで初めて、経営者は本当に現場を離れることができる。
お客様への対応、予約の調整、スタッフへの指示、トラブルが起きた時の判断など、それまで自分がやってきたことを少しずつ人に伝え、実際に任せていきました。
もちろん、最初から簡単に任せられたわけではありません。
20年以上現場をやってきたわけですから、見ればいろいろなことに気づきます。
「そこはこうした方がいい」
「その対応は少し違う」
「自分だったらこうする」
任せたつもりでも、つい口を出してしまいます。
自分としては会社を良くしたいから言っています。失敗してほしくないという気持ちもありますし、これまでの経験を伝えたいという気持ちもあります。
しかし、人が育ってくると状況が変わってきます。
最初は何かあるたびに私へ確認していたスタッフが、経験を積み、自分たちで考え、自分たちで判断し、自分たちで現場を回せるようになっていきます。
すると今度は、社長が横からちょくちょく指摘を入れることの方が、仕事をやりにくくなってきます。
私はこの状態を、少し面白く「従業員から現場を追い出される」と表現しました。
もちろん、悪い意味ではありません。
誰かと揉めたわけでも、会社に居場所がなくなったわけでもありません。
むしろ逆です。
「もうこちらでできます」
「社長はそこまで入らなくて大丈夫です」
そう思ってもらえるくらいまで、幹部スタッフが育ったということです。
以前は自分がいなければ回らなかった現場が、自分が入ることで逆にやりにくくなる。
煙たがられるくらいまで人が育つ。
これは経営者として少し寂しい部分もありますが、組織づくりという意味では、一つの大きな到達点なのだと思います。
そして今になって、北原先生からいただいた「現場を離れるのは、現場から外された時」という指導の意味が、自分自身の会社の中で分かるようになってきました。
人を育てる。
任せる。
判断も任せる。
それでも心配だから口を出す。
やがて、育った幹部から煙たがられるようになる。
そして最後には、「もうこちらでやります」と現場から外される。
私はこの考え方をもって私は現場から離れても良いと考えました。
私は、この順番でいいのだと思っています。
最初から経営者が現場を離れることだけを目標にしてしまえば、残されたスタッフが困ります。社長がいなければ何も判断できない状態で、社長だけが現場からいなくなっても、それは組織化とは言えません。
大切なのは、自分がいなくても事業が動く人と仕組みを先につくることです。
そして私自身、ようやくその段階まで来ました。
2026年10月から、私はフレンドシップタクシーのドライバーとしての日常的な現場業務から離れ、本格的にBクワドラント、ビジネスオーナーとしての活動へ移っていきます。
ここまで来るのに、20年以上かかりました。
まだニートだった頃に『金時力』を読み、ビジネスオーナーという考え方を知った時から考えれば、本当に長い時間です。
しかし今は、その20年以上も必要だったのではないかと思っています。
現場を知らなければ分からなかったことがあります。
お客様と直接向き合ったからこそ得られた経験があります。
売上が上がらない苦しさも、人が足りない大変さも、採用する難しさも、人を育てる難しさも、自分が休めない働き方も経験しました。
だから私は、Sクワドラントが悪いとは思っていません。
Eが悪く、Sが悪く、BやIが偉いということでもありません。
その時々に必要な働き方があります。
自分が動かなければ何も始まらない時期もある。
自分が誰よりも働かなければならない時期もある。
そこで仕事を覚え、信用をつくり、売上をつくる。
そして次に、人を育てる。
仕事を任せる。
判断を任せる。
自分がいなくても事業が回る状態をつくる。
その段階まで来たら、経営者自身も次の役割へ進んでいく。
私にとって、その転換点が2026年10月です。
これからフレンドシップタクシーの日常運営は、妻や幹部スタッフを中心とした体制に任せていきます。
そして私自身は、モビリティケア研究所や移動サポートネットワークの活動に、これまで以上に時間を使っていきます。
介護タクシーを始めたい人を育てる。
すでに事業を始めている人が、10年、20年と継続して経営できるような環境をつくる。
移動支援に携わる人たちが顔の見える関係でつながり、一人では解決できないことでも、仲間と支え合える仕組みをつくる。
これまでの私は、自分が一台の介護タクシーを運転することで価値を届けてきました。
これからは、人を育て、組織をつくり、事業をつくり、つながりをつくることで、自分一人では届けることのできない範囲まで価値を広げていきたいと考えています。
私にとって、ビジネスオーナーになるとは、働かなくなることではありません。
何もしなくなることでもありません。
自分の仕事を変えることです。
自分で現場を回す仕事から、現場を回せる人を育てる仕事へ。
自分で一件一件の売上をつくる仕事から、組織として売上が生まれる仕組みをつくる仕事へ。
目の前で起きている問題を自分ですべて解決する仕事から、3年後、5年後、10年後の事業を考える仕事へ。
そして、私が考えているのはBクワドラントまでではありません。
その先にはIクワドラントがあります。
Bクワドラントとして事業をつくり、そこで生まれた利益をすべて消費するのではなく、次の事業や資産へ回していく。
自分が働いて収入を得るだけではなく、人や仕組みによって利益が生まれ、その利益を資産へ変え、今度はお金にも働いてもらう。
これからはIクワドラントも視野に入れながら、自分の時間、お金、事業の組み方そのものを変えていきたいと考えています。
まだニートだった頃、『金時力』を読み、そこで知ったE、S、B、Iという4つのクワドラント。
当時は、ただ知識として知っただけでした。
それから20年以上が経ちました。
Eクワドラントを経験し、2004年に独立してSクワドラントへ進み、長い間、自分自身が現場で働き続けました。
その後、人を採用し、人を育て、仕事を任せ、判断を任せ、自分が煙たがられるくらいまで幹部が成長し、ようやく現場から外されるところまで来ました。
そして2026年10月から、私はBクワドラントを軸に、本格的にビジネスオーナーとして活動を始めます。
さらに、その先にはIクワドラントを見据えています。
20年以上前に本で読んだ一つの考え方を、自分自身の人生でここまで実際に経験するとは、当時の私は想像していませんでした。
かなり時間はかかりました。
それでも、知識として知っただけだったことが、ようやく自分の働き方として形になり始めています。
2026年10月は、私にとって単に介護タクシーの現場を離れる時ではありません。
20年以上前に思い描いた「ビジネスオーナー」という働き方を、本当の意味で始める時です。
EからSへ。
SからBへ。
そして、その先のIへ。
ここから自分がどんな事業をつくり、どんな人を育て、どんな資産を築いていくのか。
この先の実践も、「経営と事業づくり」の中で記録していきたいと思います。

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